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2008年11月

2008年11月25日 (火)

子供には叱られる権利がある②

消防団活動の重要なものの一つに消防操法があります。

消防用機械器具の取扱いと消火方法の基本となるもので、ポンプ自動車と小型ポンプ機の扱いを主に習得します。

この訓練は、競技として大会も催され、全国大会もあります。

それぞれのグループで大会での好成績を目指して早朝や夜遅く数週間の訓練を行います。

大会に勝つという目標を大前提にしながら、危険な任務における規律の維持、確実な機器操作の習得、団員同士の友情といったさまざまな要素が生まれる意義のある活動です。

しかし、そのような成果を得るためには、和気あいあいという雰囲気での訓練というわけにはいきません。

先輩たちがずっとそうであったように、私たちが指導する立場に立った時、時に厳しく、まさに叱りながらも、指導をしなければ思ったような成果が生まれることはないのです。

できれば相手にとって嫌なことは言いたくないし、そんなきつくものをいうキャラでもない私にとっては戸惑いもありました。

でも、先輩たちに厳しく指導され、時に怒鳴られながら取り組んだ訓練はどうだったか。

自分自身「やってよかった」と思える体験ばかりです。

大会で成果が出たこともありますし、消防の基本的動作も身につきます。

いざという活動の場面で、何度もこの訓練が役立ちました。

仲間たちと厳しい訓練を受け、その後の慰労会などで盛り上がり、かけがえのない友情も生まれました。

あの厳しい訓練があったからこそ、多くの出会いや学びがあったのだと思います。

だとするならば、後輩たちにも同じような喜びや成長を与えてあげるのが指導者の役割で、そのために叱る場面も当然あるだろうから、避けてはいけないと思うようになりました。

人を叱るということが性格的に自然なものではないのなら、その立場を演じればよいのだと考えました。

「何やってんだ、コノヤロー!」

一見プロレスラーのセリフのようですが、意外と大きな声に出して言ってみると気持ちのいいものですよ。

後輩たちにどれだけのものを残せたのかは分かりませんが、多くの叱る場面を与えてくれたのが消防団活動でした。

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2008年11月23日 (日)

子供には叱られる権利がある①

「たけしの日本教育白書」というテレビ番組を最後の30分ほど見ました。

教育について議論がされていたようですが、その中で石原東京都知事がこんな言葉を紹介していました。

「子供には叱られる権利がある」

賀川豊彦が大正13年に述べた「子どもの権利6項目」のうちの1項目です。

叱ると怒るの違いを番組のなかで東国原宮崎県知事も言っていましたが、感情にまかせて「怒る」のと、その子の将来や為を思って叱るのは、同じ「コラッ!」というのでも意味が違うと思います。

それを踏まえた上で、「子供には叱られる権利」がある。

しかし、今の子供は叱られもしない。

これは子どもの側から見た見方ですが、その子どもの権利を大人がどれだけ満たしてやっているのでしょうか。

叱れない親が増えている。

それどころか、怒れない親も増えているのではないでしょうか。

いわゆる友達のような親子関係です。

はたして自分を振り返り、どうなのか。

実は、親子関係ではありませんが、そのことを実感した場があります。

地域の消防団活動です。

消防団は、災害や火災、人命捜索などで消防署や警察署で対応できない場合に出動する機会が頻繁にあります。

人の命や財産を守り、またその活動のなかで自身の安全も確保しなければならない場面も多々あります。

なにげない地域活動のようにみえますが、決してそんな安易なものではありません。

参加する団員は普通に地域で生活するサラリーマンなどの若者です。

私がその中で指導的立場に立った時、まさに「叱る」という局面に立たされました。

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2008年11月20日 (木)

イモを作る人たち

毎月恒例の飲み会がありました。

参加者の皆さんが少しづつ帰宅し、残ったのは私と先輩のAさん、Bさん。

この二人同級生だそうで話がはずみます。

5年前からイモを作っており、その話に。

一年目は土壌が不十分で、イモに黒い斑点が出てほとんどダメだったこと。

全くの素人集団ではじめはプロにお金を払って作業の手伝いをお願いしていたこと。

だんだん様子がわかってきて自分たちでだいぶできるようになったこと。

作業機械の使い方もあーだこーだ言いながら、新しい使い方を次々発見したこと。

聞いていると、まるで子供の遊び話のようで、また本人たちが本当に楽しそうに話をするんです。

そして、このイモはお酒になります。

地域で栽培された無農薬栽培のイモを焼酎にして販売しているのです。

地元の小学生にイモ植え、収穫の作業をしてもらい、その時に採れ焼酎にされたイモを、子供たちが成人式を迎えるときまで保管しているそうです。

成人式の時に自分たちで作ったイモ焼酎を飲む。

こんな日本で一つしかない成人式で、若者たちが飯島に集う夢を描いておられます。

(うちの息子も昨年イモ作業を体験させてもらったので、13年後にこの焼酎をいただけることになります。)

また、この「黄金千貫」というイモをこの人たちが他の地域に販売して、上伊那各地でイモが作られ、焼酎になり、販売されるようになってきました。

大地としっかりつながりながら、ビジネスとしても軌道に乗っていくことでしょう。

来年のイモ作り作業員として私も加えていただけることになりましが、大丈夫かな・・・。

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2008年11月18日 (火)

地域のバケツの穴をふさぐ

田中優さんの講演を拝聴しました。

「地球温暖化/人類滅亡のシナリオは回避できるか」(扶桑社新書刊)は、衝撃的でした。

世界で起こっている様々な気候変動のデータを示し、地球の寿命がもうそこまで迫っていることを、痛感させられました。そして、私たちにできる解決に向けた取り組みを明確に示された一冊です。

この日の講演でも、南極や北極の氷が科学者の予測を超えたスピードで消滅していることを話していただきました。

講演の最後でお話し頂いたのが、グローバリゼーションによる環境負荷を減らすためには、地産地消が最も効果的であるということでした。

物を輸送する距離が長くなればなるほど、燃料の使用量が増え、CO2の排出量も増えることになります。

しかし、国境を越える移動の場合、燃料は非課税になるとのこと。つまり、国際線の飛行機の燃料は非課税のため、日本国内の流通コストよりもずっと安い価格で運搬が可能になっているのというトリックが起こっているとのことでした。

グローバル化、合理化の波にもまれる地域は疲弊する一方です。

田中さんは、地域の復興を強調されます。

そのためには、地域のバケツの穴をふさげとおっしゃいました。

地域に大規模店舗ができれば、そこで消費されるお金はみんな東京へ流れ出てしまいます。

地域の外へお金を流すのではなく、地域のなかでお金を回す仕組み作りを地域が真剣に取り組むべきときです。

そのためにはみんなで仕事を作り、お金が外へ流れてしまっている穴をふさがなければなりません。

いま何が求められているのか、需要に見合った品物やサービスを提供していくこと。その供給を地域化していくことが地域生き残りの道です。

田中さん曰く、「あれもない、これもないではだめ。地域を起こす人は、そこにある使えるものを見出す人であり、生産のある地域は伸びる。」とメッセージを伝えてくださいました。

金融危機が嵐のように迫りくる今、人の暮らしと生き方の原点を見つめた経済の仕組みを地域内で成り立たせていくことこそ、この時代に生きる地域からの挑戦ではないでしょうか。

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