私達は戦争責任にどう向き合うか
1972年9月29日、周恩来と田中角栄が日中共同声明に署名し、中華人民共和国と日本が国交を結びました。
この35年間、日本と中国はその関係をより強固なものとしてきました。特に経済関係においては、中国は日本にとってアメリカに次ぐ輸入相手国となっています。
しかし、政治的には日本の政治家による不用意な発言によってたびたび摩擦が起きています。
最近では、小泉元首相の靖国神社参拝によって、日中関係は冷え込んでしまいました。
私が中国に滞在したことで、日本軍がかつて中国大陸で犯した罪に触れるにつけ、この事実にどう向き合い、中国の人たちにどう接したらよいのだろうかと自問しました。「ごめんなさい」と謝りたい気持ちの一方で、「でもこれは直接私たちが犯した罪ではない」という気持ちもありました。もちろん、私達の先祖が中国の人たちに大変な思いをさせてしまったことは事実です。
まずはこの事実を知ることが何よりです。
事実を学ぶことを自虐史観だという人もいますが、何が自虐なのでしょうか。自分たちの先祖が犯した罪に目を向けることは自虐でもなんでもなく、むしろとても辛く勇気のいることです。事実に目を向けず、過去を正当化し、他者への思いやりを持たない歴史認識は未来をも見誤ります。
その上で、「ごめんなさい」と謝るのではなく、「もう二度とこのような悲劇は繰り返さない」と誓い、そのための行動をし続けることこそが今の時代に生きる私たちに課せられた戦争責任の取り方です。
小泉、安倍と続いた自民党政権には残念ながらその思いを見出すことが出来ませんでした。さらには、9.11テロに端を発する、アフガニスタンやイラクへのアメリカの侵略を盲目的に支持する日本政府の姿に、この国の誓いを見出すことは出来ません。自国の悲劇的な戦争被害までをも「しょうがない」という政治家に、どうして他国や世界のことまで思いを馳せる力量がありましょうか。
戦争を放棄し、戦力を持たない決断は、とても難しく、困難な決断です。しかし、かつての悲惨な思いを二度と起こしてはならないという日本の尊い決断です。
それは、アジアで悲惨な行為を自ら犯してしまったと同時に、原爆被害など自らも悲惨な思いをしてきた日本だからこそ出来る、決断だとも言えます。
叡智と勇気を振り絞って憲法九条を遂行していくことが、日本の歩むべき道だと強く信じます。
| 固定リンク | コメント (3) | トラックバック (0)




最近のコメント