2009年1月22日 (木)

住みよいまち

飯島中川政経人会議の下平理事長さんがあるコラムで「住みよいまちの5つのキーワード」を挙げられていました。

**********************************************************

「医」 近くに充実した医療施設があって緊急時も対応ができること。
 
「食」 地場産業が盛んで仕事があり、この町で食っていけること。

「住」 自然が豊富でインフラが整った住宅環境があること。

「教」 快適な教育施設と、地域と連携した教育環境があること。 

「楽」 たまにはおしゃれして、文化的な刺激が楽しめること。

***********************************************************

わが町はどうかと当てはめてみますと。

「医」 

充実した医療施設の代表は駒ヶ根市の昭和伊南総合病院。

しかし、整形外科、産婦人科の常勤医師の不在や病院全体の医師数不足として、救命救急センターとしての機能は不十分と県の機関から指摘されています。地域の出産はここが拠点でありましたが、今やそれ伊那市か飯田市へ行かないとなりません。

病院施設の充実が無理なら、それらへのアクセスを容易にする交通網の普及やまち医者の体制を充実が必要です。

「食」

地元に働く場所がないのは今に始まったことではありません。

建設業や製造業に代わる新しい地場産業の創出は急務です。

「住」

住環境は、とてもよい地域なのではないでしょうか。

この地域の自然の素晴らしさを求めてIターンする人もいます。

そういった人々の誘致活動を積極的に行い、またややもすると閉鎖的と言われる地域性を見直し、新しく地域に来られた人たちを招き入れる住民のコンセンサス作りも必要です。

「教」

保育園から始まり中学校まで、行政も子育て支援には力を入れています。

また、生涯学習への取り組みも盛んです。

教育委員会内に設けられた「こども課」の設置に見られるように、子育てしやすい仕組み作りと、教育施設は今後も向上するのではないでしょうか。

また、地域のこどもは地域のみんなで育てるための実践も、もっと盛んにしていきたいですね。

「楽」

「たまにはおしゃれして」というのはいいですね。

文化的な催しやパーティーなども刺激になりますし、心のリフレッシュもできますから。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年6月17日 (火)

保育園のありよう

町の保育審議会に出席しました。

子供の通う保育園の役員をやっているので、今年一年審議委員を務めます。

といっても、よく事情も分からずお受けし、出席したので、何が審議課題なのかよく理解できないままに終わってしまいました。

会議が終わってみてからあんなことやこんなこと聞いてみたかったなあと、遅ればせながら思い浮かんできます。

保育園は、もちろん仕事などの理由で子供を見られない親が保育を委託する場です。

そこに何ら教育的意義は存在しないと思います。

しかし、昨今の社会状況を見るにつけ、子供たちが育つ環境~家庭・教育現場・地域~のゆがみ根本原因と思われる事件などが目につくようになっています。

経済的状況から図らずも、子供を早朝や夜間などに預ける「延長保育」の利用も増加しています。

親と子が一緒にいる時間が減り、保育園にいる時間が増えています。

もちろん家庭にしか担えない大切な意義はありますが、現状を踏まえ、保育園を教育現場として位置づける必要性は増しているのではないでしょうか。

特色ある保育理念を構築し、実践する保育園作りが、幼児期の子供たちに大きな影響を及ぼすことは疑う余地がありません。

一方で、「あんな保育園に子供を通わせてみたいなあ」と親に思ってもらえる保育園になることは、町外からの入園にも門戸を開くことで、一層の組織的、財政的基盤を築くことにもつながりはしないでしょうか。

明確な理念に基づき、ここだけにしかないことをやることは、地域づくりにとっても欠かせません。

子育てと地域づくりの両立が保育園を舞台にできるのではないでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月 5日 (水)

消防団員の確保

飯島区の地域づくり委員会で来年度の活動計画が協議されました。

そのひとつに消防団員の確保に向けての協力が挙げられました。

毎年4月の新年度前になると新入団員の勧誘が行われます。一応消防団員にも定年はありますが、新しい団員が入ってこないと、定年といってもなかなか辞めることが出来ません。

地域に消防団員の対象年齢者が少ないということが大きな要因のようです。しかし、聞くところによると勧誘に行っても入団の同意が得られないケースも多いようです。なかには、本人と話をする前に家族が断ることもままあるとか。

消防団員は、その任務に危険も伴うため「非常勤の特別職の地方公務員」という立場が与えられています。報酬もでます。しかし、緊急時の災害や火災時の出動、行方不明者の捜索、火災予防活動、各種訓練など基本的にはボランティアとしての参加といってよいと思います。行政の消防本部だけでは対応しきれないこともありますので、消防団は地域にとって欠かせないものであり、また頼りになる存在です。

その消防団員に地域住民が積極的に参加しない状況が生まれています。

先日のNHKラジオで消防団員の確保について興味深いコメントがありました。

企業に消防団員への参加を呼びかけるというものです。

平日昼間のなどは、町外へ勤務している消防団員も多く、全員が緊急呼び出しに駆けつけることはできません。そういう意味でも、町内企業から団員を確保するというのは意味のあることに思えます。

また、NHKの解説では、会社ぐるみで消防団活動に協力している企業の声として、『消防団などで鍛えられた社員は、組織の中で働くことの重要性を学ぶことができ、会社にもメリットがある。また、日頃から火の元の確認に気を配ってもらえれば、会社の危機管理にも役立つ』と紹介していました。

まったく同感です。

知り合いの経営者の方からかつてこんなお話を聞いたことがあります。

その方は、社員さんには積極的に消防団活動に参加し、またそのなかで役職をどんどん引き受けるよう薦めておられます。それは、消防団を通して地域に貢献している人材が多ければ多いほど、地域はその人たち=企業を見放すことはないというお考えからでした。

なるほど、そのとおりだなあと感銘したのを覚えています。

一見、地域活動に参加することと企業活動は別のようにも見えますが、見えないところでしっかりとつながっているのだと思います。

地域住民間のつながりや、コミュニティの希薄化が叫ばれる中、消防団員の確保は、柔軟な発想で地域みんなが関心を持って取り組んでいくべき課題です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月 6日 (日)

どんど焼き

地区のPTA活動でどんど焼きをしました。

Dondo

朝、竹を切り出してから子供たちと門松やしめ縄を集めて、準備をしました。

夕方再び集まって、火をつけました。

お餅を焼いて今年一年の無病息災を祈ります。

私が小学生の時は、早朝に集まって寒さの中どんど焼きをしたことを思い出します。

田んぼの中で大きな火をつけて楽しい行事を行える環境が今も残っているのっていいですね。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年1月 5日 (土)

駒ケ岳ロープーウェイ

お正月休みは家族とゆっくり過ごしました。

今日は、駒ケ岳ロープーウェイで駒ケ岳に登りました。菅の台からしらび平までのバスは約30分。ロープウェイで約7分。千畳敷駅に到着です。

途中、猿やカモシカもみられ、子どもたちは大喜び。千畳敷駅周辺は一面銀世界。外気温マイナス11度で時折吹きつける吹雪もあり外に出るのもやっとでしたが、眺望はほんとうに素晴らしいものでした。

Houken_2 

南アルプスの向こうには富士山も望むことができました。

決して優しい自然環境ではありませんが、身近にそして手軽に、こんな美しい光景を感じられる場所があることは、改めて地域の大きな資源と実感します。

駒ヶ根市には、毎年120万人近くの観光客が訪れます。中央アルプスの大自然を感じてもらうだけでなく、地域の里山やそこで暮らす人たちの暮らしをも体感し、感動と喜びをこの地で味わってもらえるような事業の必要性を改めて感じます。

宝剣岳の身の引き締まるような厳しい美しさと、遠く望んだ富士山を家族とともに観てこの新しい一年への思いを深めました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月26日 (水)

「民が立つ」を読んで

信濃毎日新聞社編集局編の「民が立つ 地域の未来をひらくために」を読み終えました。

2006年から1年半に渡り連載された企画が一冊の本になったものです。

田中県政の誕生以降、長野県民の地域づくりに向けた取り組みと苦闘が丹念に綴られています。そこには、行政や政治家に任せていれば地域が運営できていた時代とは明らかに違う現状がまざまざと描かれています。

それは、国や地方の財政状況がより厳しくなる中で、財政的に自立せざるを得ない状況に追い込まれた地域の苦闘する姿でもあります。そのなかで、富める地域とそうでない地域の格差が広がります。

最終章は「克服」というテーマからなり、取材に当たられた記者の目から見る解決策が提示されます。『話し合う』、『知る』、『つながる』、『学ぶ』。「民が立つ」ために必要なことは何か。長野県内外を精力的に歩き回った人だからこそ伝えられる大切な提言です。

この本を読み終えて、改めて感じます。

もう誰にも頼ることは出来ない。政治家も、国も、役所も助けてはくれない時代です。

まちは、そこに住む民が自らが創っていく時代なのだと。

その民とは、私自身。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月30日 (金)

脱飯

宮澤さんとの語らいの続きです。

会のまとめで監事さんがこんな話をしてくれました。

坂本竜馬は自らが所属していた土佐藩を脱藩し、江戸に移り活躍し、薩長同盟に貢献しました。しかし再び土佐藩と関係を結び海援隊を創設しました。

この話を引き合いに、飯島の企業も「脱飯」(だっぱん)する気で取り組んだらどうかということでした。飯島の飯は「はん」とも読みますから、うまく脱藩に掛けたわけですね。

飯島の内から見るだけではなく、外から見ることで自分たちのおかれている環境や、これから取るべき方向が見えることがあります。

私も青年会議所での活動で、伊南(宮田村、駒ヶ根市、飯島町、中川村)という視点でまちづくりを考えてきました。青年会議所は長野県、日本というくくりで活動することも出来、そういった広い視野で物事を考え、見つめた経験は、飯島を中心に生活し仕事をしているだけでは得られないものでした。

宮澤さんはまさにそのようなお立場でお話をしてくださいましたし、幹事さんもその点を分かりやすくまとめてくださいました。

飯島をよくするために、「脱飯」せよというのは面白いですね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年11月29日 (木)

宮澤さんと語る

青年会議所の飯島町、中川村の会員、卒業生からなるJCいいなか会という会があります。

私が事務局をしているのですが、この会で先日「宮澤さんと語る会」という催しを行いました。

宮沢フルート製造株式会社の宮澤正会長をお招きして飯島、中川の現状と未来についてご講演をいただき、食事をしながら懇談しました。

宮澤さんは飯島町の出身で、高校中退後、上京され、その後に現在の会社を設立されました。

飯島町に対する思いは、ある意味町民以上で、学校へのリコーダーの寄付をはじめ、町への貢献は大きなものがあります。町のふるさと大使も務められ、PRもしていただいています。

飯島町の現状については厳しい批判もありました。

自主財源が減るなかで、人口の増加がなければどうにもなりません。にもかかわらず、現在の飯島町状況は、たとえば駒ヶ根市に比べて他地域の人が移り住みにくいということを、ご自身の経験もふまえてお話くださいました。

行政に、企業やIターンしようとする人を受け入れる体制が出来ていないこと。いまだ残る排他的な社会。

これでは人は増えないと明言されました。

企業誘致を掲げながらも駒ヶ根市の格差は歴然としており、これも無理だろうとのこと。

そのような状況の中、一体飯島町はどっちの方向を向こうとしているのか問いかけられます。

宮澤さんは先日コスタリカを訪問され、そのお話もしてくださいました。

コスタリカは自然を利用した観光事業が大きな産業です。

アドベンチャーツアーに参加し、ガイドに車で70キロ走るのに3時間かかると言われ初めは驚いたそうです。700キロの間違いでは?と思われたそうです。いざ、出発してみると大変な悪路で道路が舗装されていないところだったそうです。

自然を題材として観光事業を展開するコスタリカでは、あえて道路を舗装せず、ありのままの自然や動植物を見せています。それは、自然と共生することで地域の産業を発展させるコスタリカの目指す方向といえるでしょう。

宮澤さんは、飯島の発展材料は工場誘致ではなく、自然からしか得られないと断言されました。

コスタリカのエコツーリズムについてはかつて柳生博さんからもお伺いし、とても興味を持っていますが、期せずして宮澤さんからもこのお話を伺えたことは、「持続可能なまちづくり」の方向性が間違っていないことを再確認する機会となりました。

飯島に生まれ、飯島を離れ、事業で成功を収められ、そして今「この町がいい町になるために何が出来るか」と再び飯島にフォーカスされている宮澤さんのお姿に感銘しました。同時に、そんな宮澤さんとお話しする機会を得たことは、この町に住む責任世代として、、「お前たちが行動しなければどうするんだ!」と励ましてもらった気持ちになりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月27日 (火)

ぱてぃお大門

週末に家族で善光寺へ行ってきました。

善光寺の参堂は短いので少し手前に車を止めて、ゆっくり歩きながら行こうと駐車場を探しました。TOiGOからからみると善光寺はずっと向こうです。子供連れで歩くには少し遠い気もしました。オリンピックの表彰式会場の駐車場もまだ遠い。もう少し近づいて、大門という交差点にある駐車場に車を止めました。ここからだと、程よい散策をしながら善光寺に向かえます。

参拝したあと、大門の交差点角にあるぱてぃお大門蔵楽庭で食事をしました。

以前、長野の友人に連れて行ってもらったことがあったので行ってみました。使われていない蔵を再活用し、レストランやカフェなどが連なり営業しています。

こじんまりとしていますが、特色のあるお店が入っており、見ていて楽しくなってきます。

信濃毎日新聞社が昨年連載していた「民が立つ」が一冊の本になり読んでいるのですが、ちょうどそこに「ぱてぃお大門」がどのように立ち上げられたかが記されていました。

もともとは、道路を挟んで反対側に「パティオDAIMON」が地元商店主らによって計画されていたようです。しかし、用地取得の交渉が思うように行かず、また資金難にも直面し、その事業は市や商工会議所が立ち上げたまちづくり機関「まちづくり長野」が担うこととなりました。その結果、地元商店主の思いよりも採算重視の開発計画が取り入れられ、地元の思いと必ずしも一致しない事業となったとのことでした。

しかし、地元主体だったら事業化すらおぼつかなかったかもしれないというジレンマもそこにはあります。

行政からの指導ではない、市民自らが推し進める「下からのまちづくり」の必要性が言われる一方で、その難しさを突きつけられる事例です。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2007年11月26日 (月)

子ども広場

先日の飯島区地域づくり委員会で説明があり、またワークショップの中で話題にもなったのが、「子ども広場」です。

飯島町教育委員会が進めているもので、既に七久保地区では実施されています。飯島・田切・本郷地区での開所に向けて検討中とのことでした。

実は、この事業の担当者が私の同級生のH君です。今年は彼とも同窓会の準備でよく顔を合わせたので、七久保の子ども広場の話は聞いていました。

放課後の小学生を、地区の公民館などに集めて、その地区のお年寄りがボランティアで子どもの面倒を見るシステムです。面倒を見るといっても、お年寄りの知識や経験を遊びを通して子どもたちに伝えていく場となっているようです。

この話を聞いたときに、数年前に青年会議所の仲間と取り組んだ「地域の先生」運動や、「地域共育」による青少年育成活動を思い浮かべました。

学校では教えられない人生の知恵や生きる力を、お年寄りの人生経験を元に子どもたちに伝えていくことは、何にも増して重要です。

テレビゲームでしか子供同士で遊ぶことの出来ない子どもたち。

安心して、屋外で子どもだけで遊ばせておけない周辺環境。

そんな状況を打開するのに、子ども広場は大いに有効でしょう。

しかしそれ以上に、経済最優先の戦後日本の繁栄の影で、世代間で伝えられるべき本当の豊かさが伝えられずにきてしまった事実を見直し、もう一度お年寄りから子どもへ伝えるべきことを伝えていく場となる、大きな可能性を秘めたものとなることでしょう。

それは、子どもたちに多くの学びの場を提供するだけではなく、お年寄りにも「生きがい」や「張り合い」をもたらすはずです。

残念ながら私たち子供を持つ親の世代は、経済活動優先の社会の歯車の中で身動きが取れないのが現状です。そしてまた、本来私たちが子どもに伝えていくべき生きる力を、私達の親から学んでいないこともあるでしょう。

すべては、この国の経済発展の影で物質的な豊かさを追い求め過ぎた結果、途切れてしまったつながりだと思います。

もう一度、世代間で伝えるべきことを伝えるためのつながりづくり。「子ども広場」はそのための大いなるチャレンジであるはずです。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

より以前の記事一覧