2007年6月21日 (木)

DVD 「誇り」

DVDアニメ「誇り」は、(社)日本青年会議所(日本JC)が昨年作成した近現代史を学ぶための教材です。

この教材は、近現代史教育プログラムとして、各地青年会議所で運動推進のツールとして使われているようです。

ここのところ、国会などでも取り上げられ話題になっています。

2005年から日本JCがある意味、突然主張を始めたのがこの近現代史というテーマでした。

戦後日本の自虐史観を改め、自国の歴史に誇りを持とうという主張のもとで、第二次世界大戦への日本の立場を肯定的に扱う発言が目立つものでした。

自分たちに都合の悪いことには目を瞑り、過去の歴史を賛美するもの以外何者でもないといった運動にしか、私には見えませんでした。

そういった一方に偏った主張であるうえ、これを日本JCの運動テーマとして取り上げたことに大いに疑問を感じています。

私が10年余り所属した青年会議所での運動における日本JCの存在は、各地域でまちづくりに取り組む会員にとって、一歩先の時代を見据えた地域づくりへの問題提起や気づきを喚起してくれるものでした。

世界と日本とのつながりづくりや、地域主権、スロー・ソサエティといった日本JCが取り組んだテーマは、その数年後には地域にとって重要なテーマとなっています。そういったテーマを日本JCで学んだ会員が、地域でのまちづくりに生かしてきています。

日本JCの意義は、そういった地域づくりのオピニオンリーダー適存在にあると私は考えます。

ここ3年間の近現代史見直しを運動の柱とする日本JCは、「美しい国」を唱える首相との歩調をぴったりとあわせているかのようです。

各地で地道にまちづくりに取り組む各地JCや会員の声が反映されてるとは思えません。

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2007年2月10日 (土)

スローソサエティの実現へ

2004年の日本JC出向の翌年、駒ヶ根JCから一緒に出向をしてくれたT君が委員長として米谷啓和直前会頭講演会を駒ヶ根で開催してくれました。

T君と一緒に名古屋駅まで米谷さんをお迎えに行く機会を頂き、車中スローソサエティを言い出したご本人といろいろとお話をすることができました。

駒ヶ根ではJCの先輩の酒蔵長生者酒造を訪問し、信濃鶴という地産池消のコンセプトを持つスローな酒もご紹介させていただきました。

また、もう一人の出向仲間M君も委員長として、コミュニティビジネスというテーマに取り組み、BDFの精製をモデル事業として取り組みました。

2004サマコンで出展もしていただいたNPO地域づくり工房さんやダグラス・ファーさんらの協力も得て、実際に食堂や家庭などから出る廃油を燃料に変えて販売しました。

私自身も、2004年に立ち上げた「環境NGO杜のなか」を通して、自然体験型環境教育を地域の子供たちを中心に提供する事業や、1000000人のキャンドルナイトへの参加などに取り組みました。

日本JCでの運動を通して、スローソサエティを目指す人たちのネットワークが出来たことは、何にも代えがたい財産となりましたし、今後もそのネットワークを活用しながら、地域に根ざした運動を展開して行こうと思います。

JCに入会したおかげで、スローソサエティの実現という人生を掛けて取り組むテーマに出会うことが出来ました。それまでには数え切れないほどの人たちとの出会いがあり、学びがありました。

この時代に生きる人間として、今の時代を担う責任世代として、子を持つ親として、今どうしてもやらなければならないことがあります。

目の前の課題に目を背け、知らないふりをして過ごすことは、未来の世代へのツケを見過ごすことです。

何が出来るか。それをJCでの運動で学びました。

地域での活動を通して、仕事を通して、あるいは家庭の中で、小さなことでも出来ることはたくさんあります。

大きな意味では、政策や教育、技術革新などスローソサエティを形づくるために必要な変化もあります。

それらもふまえたうえで、まずは身の回りから、出来ることから取り組んで行こうと思います。

昨年、11年間在籍した駒ヶ根青年会議所を卒業するに当たり、このブログでJCでの取り組みをつづってきました。

スローソサエティの実現へという自らの使命を胸に刻み、JC後の人生・仕事に向かっていくつもりです。

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2007年2月 8日 (木)

スロービジネス

2004年の日本青年会議所での活動は委員会の報告書に詳細にまとめられました。

自立した小さな循環社会創造委員会活動報告書

このなかでは、私たちが調査研究した全国の事例も紹介されていますし、サマーコンファレンス2004の取り組みも、豊富な写真と共に紹介されています。

私達の一年間の取り組みは、市民がそれぞれの地域で、それぞれのやり方で、スローソサエティを目指し行動している姿を追い求めたものでした。

それは、決して難しいことでも、特別なことでもなく、私たちが明日から、いや今からでも取り組めるものだということを学び、伝えました。

この出向に当たって、スローソサエティとビジネスはどう両立するのだろうという疑問が自分のなかにありました。

一年間の活動を終え、それは明確に両立することが分かりました。

迫りくる地球環境の悪化に対応すべく、さまざまな技術革新に取り組む人たちがおり、そして新たな技術の元で開発された製品が世に出るようになっています。

これからの地球環境に対応する製品、サービスの市場は確実に求められることでしょう。

また、小さな地域社会を自立に導くために必要なコミュニティビジネス、地場産業が頑張って存在感を示すことは、新しい時代の経済価値観を見直すことにつながります。

これまでの大量生産、大量消費、大量廃棄から地域のなかで、必要なものを、必要なだけ消費するという経済観への転換がスローソサエティにおけるビジネスのありようです。

スロービジネス。

これからの時代のキーワードとして、スローソサエティを現実のものとするひとつの形として、これからの社会が創造していくべきものと強く感じました。

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スローハウス  

2004年サマコンの目玉となったのがスローハウスです。

スローソサエティを体感してもらうべく選んだテーマが住宅。

目で見て触って感じるモデルルームが大桟橋会場に誕生しました。

スローハウスの展示に当たっては全国区から18の企業や団体にご協力いただき環境に配慮した循環型の住宅を作ることができました。

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私の地元伊那谷からも上伊那森林組合さんにペレットストーブを展示いただくことが出来ました。

太陽光発電のようにすでに商品化されているものから、雪冷房といった委員会メンバーの企業が製作したものまで、可能性に満ち溢れたものとなりました。

私自身も建材販売の仕事をしていることもあり、大いに関心を持ちながら企画から展示にいたるまでの流れを見つめていました。

スローソサエティにおけるビジネスチャンスを大いに感じる企画となりました。

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2007年2月 5日 (月)

スローブース

2004サマコンでは、日本各地で自立した小さな循環社会創造に向けて活躍されている団体の皆さんにも参加していただき、一緒にスローな空間を創造しようという狙いもありました。

スローブースと名づけられたスペースでは、全国から集まってくださった皆さんのブース展示をおこない、来場者にスローソサエティをより身近に感じてもらえる空間となりました。

委員会で年初に調査研究した循環社会情報シートを元に、それぞれの団体に参加依頼をし、委員会で24団体、そのほかにも公募参加なども含めて40団体以上のブースが大桟橋に登場しました。

NPO、企業、行政といったさまざまな取り組みを同時に知ることが出来、担当者の方の熱い思いをじっくり聞くことが出来ました。

特に企業の皆さんのブースでは、循環型社会に向けたさまざまな新技術、新製品が紹介され、新しいビジネスチャンスがこの分野に多くあることを実感しました。

スローブースは私の担当でしたが、滋賀県から来てくださった菜の花プロジェクトネットワークさんは、何百キロもあるBDF精製プラントを会場に持ってきてくれました。

実は大桟橋の会場の床は板になっており、重量物の搬入には制限がありました。この搬入にあたり美濃JCのFさんが会場管理者と菜の花ネットワークさんと再三打ち合わせをしてくれて、ブース展示が決まりました。

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もし板が壊れても、床板がブラジル産だとかで容易に補修できないといわれひやひやしながら当日の搬入を見守りましたが、無事設置も完了し大勢の皆さんに精製プラントを見ていただくことが出来ました。

また、(財)省エネルギーセンターさんには、ブース展示のほかにも会場の外でアイドリングストップ車の試乗会も行っていただきました。確かに、信号などではエンジンが止まるんですよね。取付可能な車種に限りがあるようですが、無駄な排気ガスを出さないためにもこういった車両を増やしていくことが必要です。

一日目の展示終了後、ブース展示をしてくださった団体の皆さんと交流会を開催しました。米谷会頭や、パネルディスカッションに参加いただいた皆さんにもご参加いただき、スローソサエティの実践者の皆さんと楽しいひと時を過ごすことができました。

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2007年2月 3日 (土)

スローステージ

2004サマーコンファレンスで私たちが取り組んだ企画のひとつは「スローステージ」。

大桟橋会場のステージでスローな企画を行いました。

なぜ自立した小さな循環社会が必要なのか、日本各地でどんな取り組みがなされているのか、来場者にも関心を持ってもらえるようなパネルディスカッションを開催しました。

パネリストは

大谷ゆみこさん(いるふぁ)

藤井絢子さん(菜の花プロジェクトネットワーク)

六本木信幸さん(環境ネット21)

コーディネーターにフリーアナウンサーの深沢里奈さん

という顔ぶれで、知る人ぞ知るといった実力者ぞろいのパネルディスカッションとなりました。

特に、大谷ゆみこさんは私が推薦させていただき、担当の皆さんに参加交渉をしていただきました。

以前にキープ協会で大谷さんの「つぶつぶセミナー」に参加したことがあります。

つぶつぶとは、雑穀のこと。

雑穀のいろいろなおいしい調理方法を教えていただき、また食と人間のつながりを大谷さんのそれまでの人生を振り返りながら教えていただきました。

後に購入した『人・食・光の循環する家作り「風の家族」』というビデオは、大谷さん一家が山形の山村に循環型の住宅を仲間と建設し、そこで自給自足に近い生活をするというもので、大谷さんにはものすごく興味を持っていました。

菜の花プロジェクトの藤井さんには初めてお目にかかりましたが、バイタリティのある、そしてとても分かりやすいお話をされる方でした。自立した地域の必要性を強く訴えられ、、その具体的な策として菜の花プロジェクトを滋賀県を中心にはじめ、いまや全国ネットワークまでに築かれました。

実は肝心のパネルディスカッションは会場整理をしていたため十分に聴くことが出来ませんでしたが、後の交流会でお話をさせていただくことができました。

米谷会頭も駆けつけてくださり、スローソサエティを力強く推し進めるエネルギーに満ちたひと時となりました。

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2007年2月 2日 (金)

サマーコンファレンス2004

日本青年会議所の大きな事業の一つにサマーコンファレンス(サマコン)があります。

一年間の活動の成果を内外に向けて発表する場です。

全国から集まる青年会議所会員や横浜市を中心として関東地域の市民の皆さんにも参加を呼びかけます。

2004年のサマコンでは、例年のメイン会場である横浜市のパシフィコ横浜の他に、横浜港大桟橋ホールも会場として開催しました。

私達の自立した小さな循環社会創造委員会はその大桟橋会場の半分を使って2日間のイベントの企画運営を担当することとなりました。

2004年のサマコンのコンセプトは「FUN to TRY Slow Society ! ~スローソサエティを楽しもう~」。

会場を訪れる皆さんに楽しみながらスローソサエティを体感してもらおうというものでした。

委員会では1月下旬頃から準備を始めましたが、さすがにテーマも会場もスケールが大きく、たじろぎもしましたが新野委員長の心意気を感じながら、徐々にみんなの熱が入ってきました。

委員会としての事業名は、「Link to the earth」~大地とつながる暮らしへ向けて 自立した小さな循環社会の創造~と決まり、

スローステージ

スローブース

スローハウス

という三つのカテゴリーに分かれて準備を進めました。

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2007年1月26日 (金)

循環社会情報シート

2004年の日本JCでの委員会活動は、全国各地の自立した小さな循環社会のモデルとなるような事例の調査から始まりました。

テーマを「廃棄物」「地域通貨」「食」「エネルギー」の四つに分類し、それぞれの資源を地域の実情に合わせてどのような循環システムを生み出しているのかについて調査しました。

さまざまな事例を視察、聞き取り、あるいはインターネットなどを通して調べ、「循環社会情報シート」と名づけたフォームに記入するようにしました。

委員会メンバーがたくさんの情報を収集し、そしてそのなかからこれはと思うものを調べ上げました。

このシートは100件を超え、後の委員会活動の基礎となるとても貴重かつ意義ある資料となりました。

○宮城県唐桑町 牡蠣の森を慕う会

牡蠣の養殖が盛んな気仙沼湾に注ぐ河川上流域の山地において植林事業をしています。山地の荒廃は、腐葉土の養分が減少につながり、海藻や植物プランクトンが減少します。養殖漁業に従事する漁師らが良質の牡蠣を生産するために植林事業に取り組んでいます。

○京都市 バスのBDF事業

京都市では、家庭や食堂などからでる廃油を燃料化したバイオ・ディーゼル燃料(BDF)を市バスの運行に使用しています。市内に専用の給油所を設置し、市バスやゴミ収集車に供給しています。

○福島県岳温泉の生ごみ堆肥化

岳温泉では、旅館から出る生ごみを堆肥化し、地元での有機農業の肥料として使用しています。そこで出来た無農薬有機野菜を岳温泉の旅館に供給します。

こんな事例を、みんなで100件以上調査しました。

この調査を通して、自立した小さな循環社会のイメージが私達のなかで確実に作り上げられ、また人と大地とのつながりを取り戻す具体的なしくみが見えてきたのです。

地域の自立、自然との共生、コミュニティビジネス・・・そんなキーワードがびっしり詰まった全国の事例は、スローソサエティ創造のお手本となるものばかりでした。

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2007年1月24日 (水)

自立した小さな循環社会

2004年の日本JCへ出向することを決意し、さまざまなテーマの委員会があるなかで、「自立した小さな循環社会創造委員会」の副委員長としてエントリーしました。

スローソサエティという大きなテーマのなかで、ある意味その中核を担うだろう部門だと思ったからです。

米谷会頭の会頭意見書には次のような記述があります。

『現在の地域社会が、行政システムにおいても、情報発信においても、また物の流通や人材の流失といった点でも、中央集権システムから抜け出せていないのが現状です。

さらに大きな地球規模の物流の網の目に組み込まれつつあるのが、今の格であると言えます。

このままでは地域が、その時々の国家や世界の情勢に絶えず翻弄され、後追いし続けるばかりです。

その渦から解き放たれるためには、それぞれの地域でひとのつながりや善意、資源や食糧、エネルギーが循環自給する自立したコミュニティを創り上げることが必要です。そのためには、一人ひとりがやはり今あるものさしを取り替えること、すなわち価値観や世界観を転換することが必要です。

地球という大きな環と呼応する、この地域の小さな環を回していくために鍵となるのは、「もったいない」「ゼロエミッション」「地域通貨」といったすでにわたしたちが取り組んできた運動の発展に加えて、「消費から創造へ」「足(たる)を知る」「地産地消」「身土不二」「食糧やエネルギーの地域自給」といったキーワードで表される、分散型の自立した小さな循環社会の構築にあります。 』

(2004年度(社)日本青年会議所会頭意見書より抜粋)

中央集権から地域主権へ グローバルからローカルへ。

そのために必要な新しい社会システムを自立した小さな循環社会の構築とし、その研究および啓発に取り組むことが私の出向した委員会のテーマとなりました。

2003年の秋に委員会役員の顔合わせに始まり、年末から委員会が開催されました。

委員会の委員長は仙台青年会議所の新野藤蔵さん。

日本全国から約60名の青年会議所会員に出向いただき、新野さんの下で一年間の新しいJC運動のスタートとなりました。

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2007年1月19日 (金)

スローソサエティ

2003年に駒ヶ根JCで取り組んだ持続可能なまちづくりへの運動も、統一事業「サステイナブル・シティ宣言」を終え、まとめの時期に入っていました。

そんな時、思わぬ言葉が目に飛び込んできました。

『小さな環と大きな環が響きあう「スローソサエティ」の実現へ』

日本各地の青年会議所で構成される社団法人日本青年会議所(日本JC)の2004年度会頭意見書の冒頭の言葉でした。

2004年の会頭に決まったのは姫路青年会議所の米谷啓和さん。その米谷さんが一年間の日本JCの運動方針を謳ったのが会頭意見書です。

その内容は私たちが一年間取り組んできた持続可能なまちづくりと言葉こそ違え同じものでした。

 『わたしは、地球という大きな循環と地域の小さな循環との調和が取れた、つながりと支え合いからなる社会が、21世紀の「明るい豊かな社会」像であると考えます。

 それは、「きずな」や「善意」、「土」や「水」や「緑」、そして未来に価値が置かれ、人と人、人と自然、そして現在と未来とが有機的につながりあう社会です。

 そんな大きな環と小さな環とが響きあう社会を「スローソサエティ」と名付けたいと思います。』

(社団法人日本青年会議所2004年度会頭意見書より抜粋)

スローフード、スローライフ・・・スローという言葉を巷で耳にし始めた頃、辻信一先生の「スロー・イズ・ビューティフル」を読んで感銘を受けました。

そして、スローソサエティという初めて聞く言葉が、翌年の日本JCの運動の中心となるというのです。

「これはっ!」と思いました。

日本JCは希望すれば、各地青年会議所の会員は誰でも出向することができます。このテーマに、それもできるだけ組織の中心に近いところで取り組んでみたいと強く思い始めました。

一年間駒ヶ根の仲間と取り組んだ持続可能なまちづくりへの模索。そのなかで、意識の変革を言うことはできても、実際の暮らし、地域の経済の変革に対してどう説得力を持って伝えていったらよいのかが、実は課題として残りました。

その答えを見出すためにも、日本JCへ出向したいという思いを抑えることはできませんでした。

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