ウサマ・ビンラディン殺害

ウサマ・ビンラディンが米軍によって殺害された。

多くのアメリカ市民が歓喜している模様が報道されている。

この作戦を実行した米軍特殊部隊は、ビンラディンを殺害する目的で任務にあたっており、拘束することは念頭になかったとのこと。

アメリカにとってビンラディンは日本の報道にみられる“容疑者“ではなく、あくまでも憎きテロリストであって、戦争をしかけてきた敵将ということなのだろうか。

アメリカにとって9・11は犯罪ではなく、テロとの戦争なのだから。

当時のブッシュ大統領は、テロとの戦争の名の下、イラクを、そしてアフガニスタンを攻めた。

10年経って、ついにその親玉と目されるウサマ・ビンラディンを殺害。そしていま、報復のテロを警戒している。

憎しみが憎しみを生む、終わりのない戦争の一つの通過点なのだと思う。

テロとは戦争すべきものではなく、裁かれるべき犯罪だ。

ウサマ・ビンラディンが殺されてしまった今、彼が本当に9・11に関わったのか、その背後に何があったのか、さらに真相は謎に包まれてしまった。

当時、即座にこの戦争を支持した日本政府は、何の総括もしていない。

人を殺して歓喜する姿はやはりおかしい。

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難しい生き方を探る

沖縄の米軍基地をめぐって様々な議論が交差しています。

沖縄を米軍基地の負担から解放する。

まさにその通りだと思います。

では米軍基地をどうするのか?

沖縄から米軍基地を移設するのは結構なことだがその受け入れ先がない。

ごみの廃棄施設・原子力発電所、そして軍事施設・・・

「私たちの住む地域にはそのような迷惑施設には来てほしくない。」

住民の当然の反応として、よくみられる光景です。

では、どうしたらよいのか。

ごみの処分は目前の課題。その処理施設はどこかに設けなければなりません。

エネルギー供給の主力である原発も、どこかになければなりません。

日本の国防を担う米軍基地もどこかには必要です。

みんなで負担し合って、理解し合って、それら施設はどこかに作らなければならない。

もう一方で、違う選択を真剣に模索し、実現しようという議論や行動はないのだろうか。

ごみ処理施設をこれ以上増やさないために一人一人のライフスタイルを変える。

原発に頼らないように違うエネルギー源を開発する。同時に、エネルギー消費を抑える暮らしに変える。

そして、軍事施設に依らない国防の在り方を創造する。

いまの課題を解決することも難問です。

と同時に、いまの課題を根本的に見直すことも難問です。

民主党政権は沖縄の米軍基地の移設問題を5月末までに解決すると言っていますが、そのような簡単なこととは到底思えません。

心意気はともかく、稚拙な解決だけはしてほしくない。

米軍基地をどこに移すかという目前の課題と、米軍基地に頼る国防をどう変えていくのかという将来的な構想と、ぜひ次の選挙までには国民に明示してほしいと思います。

先日亡くなられた井上ひさしさんの「子供につたえる日本国憲法」の「はじめに」からの抜粋です。

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二度と武器では戦わない。

これは途方もない生き方ではないか。

勇気のいる生き方ではないか。

日本刀をかざして敵陣へ斬り込むより、もっとずっと雄々しい生き方ではないか。

度胸もいるし、知恵もいるし、とてもむずかしい生き方ではないか。

(中略)

剣よりも強いものがあって、それは戦わずに生きること。

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一年に一度、日本国憲法を見直すこの時期に思いました。

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戦争は罪悪である

NHKの番組で竹中彰元という僧侶の話を知りました。

戦時中、言論統制が敷かれる中で竹中師は、「戦争は罪悪。この戦争は侵略である。」と発言しました。

それによって逮捕され、 有罪判決を受けました。さらには、本山からも処分されてしまいます。家族の、「あれは間違いだったと言ってしまえばいいのに」という要請にも、「間違ったことは言っていない」と信念を貫き通したとのことです。

当時、仏教界ですら、「多くの民を救うために一人を殺すことはやむを得ない」と戦争を肯定していました。殺生を禁じているにも関わらず、戦時にはその教義を曲げてしまっていたのです。

この師の発言から70年。さまざまな僧侶らの調査や声により、ようやく真宗大谷派は竹中師の名誉回復を行いました。また、戦没者だけではなく、戦争で亡くなった国内外のすべての犠牲者の法要も行ったそうです。70年とは長すぎますが、しかし、過去の過ちを認め、その過ちを繰り返さぬよう明文化したことは評価できると思います。

気骨あるお坊さんの姿が、戦後60年近くたってようやく見直されたという事実は、いかなる戦争をも認めないという仏教の願いが今この社会にしっかりとあるというメッセージを感じます。

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九条を守る

昨日、ある先輩と憲法九条を改憲すべきかについて話させていただきました。

北朝鮮や中国の軍事適脅威を目の前にして日本が軍隊を持たなければ、シビアな国際社会では、この国は守れないというお話を伺いました。

確かに、今外国に攻められたらどうするのかという目前の課題は現実味がまったく無い話とは思いません。日本の防衛をどうするかというテーマは、真剣に、かつ早急に議論されるべきものです。

しかし、目の前に外国の脅威があるからといって憲法九条を改正し軍隊を持ち、戦争のできる国にするというのには、私は反対です。

現行の憲法が制定されてから60年余り。この間、日本はこの憲法の精神をどう外交や国防に生かしてきたのでしょうか。

戦後、一度も戦争をすることがなかったこの国を誇りに思う一方で、世界に誇る憲法九条を持ちながら、実はその思いを世界に向けて発信し、その具現化に知恵と汗をかくことを怠ってきたのではないか。この国が平和でいられたのは、アメリカ軍に国家の安全保障を“委託”し、核の傘に守られてきたことに拠るところが大きいことも否定できません。

今からでも遅くはありません。この国の安全保障をどうするか私たちも真剣に考えるときです。

安易に軍隊を持つことを議論する前に、九条の理念をどう国際社会で具現化し、国家の平和を保っていくかに叡智を絞ることこそ、まずすべきことだと思います。

当然、アメリカに依存してきた安全保障や、核の傘を真正面から見直す難しい課題があります。

それらをしっかり見つめ、九条の現実的な運用を模索していくのか、子供たちを軍隊に送る覚悟を持って改憲するのか、次の世代に向けて私たちの選択が迫られます。

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あと3年と60日

国民投票法案が参議院で可決されました。

3年後に憲法改正案が国会から発議公布され、60日後に国民投票が行われるのが最短でのスケジュールとなります。

あと3年と60日で憲法改正の可能性があることとなりました。

憲法改正をしてはならないとは思いません。憲法改正の手続きも明確に定める必要もあると思います。

しかし、今回可決された国民投票法はあいまいな点が多く、あまりに拙速な国会での議論で、与党によってその数の力で可決されてしまいました。

その上、憲法改正を推し進める安倍首相の姿勢が戦後レジームの脱却と言うスローガンの下、9条の改正を主眼としているところに危うさを感じます。

戦争に対する深い共感をとても持ち合わせているとは思えない首相の下で、この国の憲法が改正されることは不幸であり、未来への大きなツケを残してしまいます。

このままでは、日本は間違いなく戦争の出来る国になってしまいます。

私たちは、その選択をする心構えと、責任を持つことが出来ますか?

安倍首相の支持率は50%を超えています。

これをどう理解したらよいのでしょうか。

次の選挙で自民党・公明党が過半数を占めたらどうなってしまうのか。

イラク特措法も今日、衆議院で可決されました。

集団的自衛権も本格的に議論、というか恣意的に決められていきそうな雰囲気です。

環境の問題も、教育の問題も、経済の問題も、憲法の問題も、すべて、今を生きる大人たちの責任において次代に引き継がれるものです。

私は、一市民ですが、でも一市民が声を上げ行動することがますます重要な時代になってきたことを感じます。

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残念な長崎市長銃撃

長崎市の伊藤市長が選挙期間中に銃撃され死亡しました。

なんともショッキングな事件が起きてしまいました。

日本の民主主義が脅かされたと同時に、この国の平和の先導者が凶弾に倒れてしまったからです。

長崎は世界で二箇所、原子爆弾の被害に遭ったまちのひとつです。

そのまちの代表として伊藤市長は積極的に核兵器の廃絶や核実験の禁止などを世界に向けて訴えてきました。二年前にニューヨークで開かれた会議に出席した市長は、長崎の原爆で黒焦げになった少年の写真を掲げ、「核兵器と人類は共存できない」と発言されたそうです。

被爆地長崎の市民を代表して、悲惨な核兵器の悲しみや苦しみを二度と繰り返してはならないという強い信念を行動で示し、“正々堂々”と世界に物申してきた方です。

犯人の動機がどのようなものであれ、被爆国日本にとってこれは大きな痛手です。世界で唯一の被爆国でありながら、国の代表はその思いを伝えていません。被爆国の思いを世界に伝えている政治家は長崎と広島の市長です。

その長崎市長が凶弾に倒れてしまいました。

一丁の銃も、核兵器と同様、私たちの暮らしには不要です。

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歴史教科書の検定

文部科学省が高校の教科書検定で、第二次世界大戦の沖縄地上戦で日本軍が住民に集団自決を強いたと言う記述を修正するよう意見しました。

日本軍が「命令したかどうかは明らかとはいえない」というのが文部科学省の意見です。

これまでも多くの生存者からの証言で軍の集団自決強制があったことは明らかです。それがなぜ今、国はこのように歴史を変えてしまおうとするのでしょうか。

日本軍が罪の無い一般住民にまでも自決を迫り、悲惨な沖縄の歴史が刻まれました。この辛い事実に向き合うことをせず、平和な社会を築くことは出来ません。

今の政府の言う戦後レジームからの脱却とは、いわゆる自虐史観と呼ばれる自分たちにとって都合の悪い歴史からは目を背けることを言うのでしょうか。軍隊を持ちたくて仕方のない政治家が、出来るだけ軍隊の悪いイメージを消し去ろうとしていると思うのは勘繰り過ぎですか。

従軍慰安婦の問題もそうですが、沖縄戦を語る戦争体験者はみなさん高齢です。こういった方々が誰もいなくなったとき、この国は「証拠が無いから」と言って国に都合の悪いことはどんどん否定していくのではないかと言う不信感を強く覚えます。

今回の検定のニュースに接し、知らず知らずのうちにこの国は歴史の事実に目を背ける体質になりつつあることを感じます。

今回の検定に影響を与えたとされる裁判が審理中です。

「沖縄ノート」で集団自決を命じたように書かれたと当時の軍人やその遺族が、著者の大江健三郎さんと出版社を名誉毀損で訴えています。

この裁判の経緯をしっかりと見守りたいと思います。

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遊就館を訪ねる

日本武道館での式典の前に少し時間が出来たので靖国神社に行ってみました。

境内にある遊就館という博物館を駆け足で回りました。

あまりにも時間がなさ過ぎて十分に見学することが出来なかったのですが、昭和史を中心に多くの資料や展示物が展示されていました。

複製ではありましたが阿南惟幾陸相の遺書なども展示されており、「日本のいちばん長い日」をどきどきしながら読んだことを思い出しました。

昭和史の資料が満載され、激動の昭和に思いを馳せることのできるとても興味深い博物館です。ぜひじっくり再訪してみたいものです。

しかし、この博物館は靖国神社の施設です。

言うまでもなく「第二次世界大戦は日本にとって自衛のために避け得ぬ戦争であった」といういわゆる靖国史観が展示内容の根底にあります。

ですから、この展示内容をそのまま鵜呑みにすることは誤った歴史認識を持ってしまいかねません。

ここはあくまでも、戦没者を神として祀り、近代における戦争での日本の立場を正当化しようという考え方に基づいた施設です。

そこには、戦争相手国の意見や考え、日本によって被害を被った国や人々の姿はありません。あくまでも一面的な見方でしかないのです。

世界平和を謳うのであれば、当然日本だけでなく世界の人々の立場を理解しようとする姿勢が必要ですが、この施設にそれは見られません。

そういったことも踏まえて、歴史を見つめないと未来を見誤りかねないと私は思います。

靖国神社や遊就館の思想や立場をどうこう言うつもりはありませんが、ただ国家のリーダーたる人たちがこの施設に参拝することには反対です。

ハングル語を話す外国からの観光客が多かったことが意外でした。

多面的に歴史を見つめようという姿勢には感銘します。

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おこりじぞう

近所の「風の谷絵本館」へ家族で久しぶりにお邪魔しました。

私のお気に入りスポットのひとつです。

いつものようにみんなで絵本を読んでいたのですが、一冊の絵本を見つけました。

「おこりじぞう」

ニコニコ顔のお地蔵さんが広島の原爆で苦しみさまよう女の子に出会い、ものすごく恐ろしい形相になりながら水を欲しがる女の子に自らの体から水を搾り出します。

なんとも悲惨でむなしい、悲しい、やり切れない広島の原爆のひとこまをつづった絵本です。

これが戦争です。

でもそれが分からない・・・。

アメリカがイラクに兵員の増派を決め、掃討作戦が行われると言うニュースが先日流れました。

昨日の新聞には、イラクで米軍の爆撃により45人の老人や子供を含む民間人が死亡したとの報道を目にしました。さらにアフガニスタンへは米英がNATOの増派を主導するとのことでした。

イラクではこの戦争で内戦状態に陥ってしまった上、アメリカの攻撃で更なる犠牲者が増え続けます。

この現状を日本の指導者はどうみているのでしょうか。

次期参議院議員選挙の争点は憲法改正だと安倍首相は明言しています。当然、九条の改正も含みます。

ならば、イラク開戦後、このアメリカによる侵略をすぐさま支持した日本政府として、現状をどう見ているか、どう収束させるのか、日本がどう関わるのかを積極的に示すべきです。

日本が戦争と平和についてどんなスタンスを取るのか、世界の紛争にどう関わるのか、九条を持つ国として何を世界に発信し、どのような行動を示すのか、今目の前にある課題に真正面から向き合って欲しいものです。

政府が今のイラクとの関わりを積極的に国民に示し議論することが、憲法改正を言う指導者には求められます。

「美しい」などという抽象的な言葉だけでは議論にもなりませんし、説得力もありません。

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